この町の地図
この町の地図には、載っていない場所がいくつもある。
アッチ橋を渡って、トビウオデッキまで走る。鬼ごっこの鬼は、いつだって僕だった。みんなは橋の欄干をすり抜け、魚のように空へ跳ねる。捕まえたと思った瞬間、夕焼けの向こうに消えてしまうのだ。
「ずるいぞ、魔法を使ったな!」
そう叫ぶと、みんなが笑った。あのころの町には、どこにでも魔法があった。
横丁の広場では、紙芝居のおじさんが拍子木を鳴らしていた。子供たちは自転車を投げ出し、地べたに座り込む。黄金バットが現れると、誰かが息を呑み、悪者が倒れると、みんなで拍手した。物語の続きは明日。そう言われると、明日が来るのが待ち遠しかった。
町はずれの小川には、夜になると花火が上がった。
水面に映る赤や青の光を、僕らは川の中に住む星だと思っていた。ひとつ消えるたびに願い事をする。大人になったら何になりたいか。誰と一緒にいたいか。そんなことを、まだ誰にも教えずに胸にしまっていた。
そして、魔法銀座。
ずいぶん洒落た名前だけれど、実際には古い商店街で、八百屋の隣に時計屋があり、その向こうに小さな洋菓子店があった。年の瀬になると福引の鈴が鳴り、ガラガラを回す人々で通りが賑わった。
あの日、僕は懐かしいあの人と福引をした。
「あなた、昔からくじ運が悪かったわね」
彼女はそう言って笑った。白い手袋をしていた。僕がガラガラを回すと、ころりと転がり出た玉は、見たこともない淡い金色だった。
商店街の人々が、いっせいにこちらを振り向いた。
「おめでとうございます。一等賞、思い出の地図でございます」
福引のおじさんが差し出したのは、折り畳まれた一枚の紙だった。
開いてみると、そこにはアッチ橋も、トビウオデッキも、横丁の広場も、小川も、魔法銀座も描かれていた。けれど、どの場所にも道がつながっていない。代わりに、地図の真ん中に、小さな文字でこう書いてあった。
――会いたい人と歩けば、道はできる。
僕は隣にいる彼女を見た。
「もう一度、歩いてみないか」
彼女は答えず、地図の端を指で押さえた。風が吹いて、紙の上に新しい道が一本、すうっと伸びた。
僕たちは歩き出した。
橋の上では、子供たちが鬼ごっこをしていた。広場では、紙芝居のおじさんが、昔と同じ拍子木を鳴らしていた。小川の向こうには、まだ少し早い花火がひとつ、夕空に咲いた。
町は変わったのだろう。僕たちも変わったのだろう。
それでも、地図の上には、まだ知らない路地が残っていた。曲がり角の向こうに、これから出会う人がいる。もう一度見つける景色がある。
この町の地図は、完成しない。
懐かしさを道しるべにして、僕たちが歩き続けるかぎり。