HOMEおまじない魔法の町愛せよ乙女光の観覧車魔法仕立て

前向きとは違うけど

「前向きに考えるって、どういうことだろうね」
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
僕はテーブルに珈琲を置いて、そう呟いた。
すると、向かいの椅子に座っていたミャオが、ゆっくり顔を上げた。
白いねこ。
悪戯が大好きで、昨日も僕の大切なメモをどこかへ持っていった。
「前向きっていうのはさ、嫌なことがあっても、いいことを考えるってことかな」
ミャオは答えない。
ただ、尻尾を一度だけ動かした。
「それとも、失敗しても気にしないこと?」
ミャオは今度は窓の外を見た。
庭には、昨日まで気づかなかった小さな花が咲いている。
「ねえ、ミャオ。君はどう思う?」
するとミャオは突然、テーブルの上に飛び乗った。
そして僕の珈琲を一瞥すると、今度は新聞を床へ落とした。
「それ、前向きなの?」
ミャオは知らん顔をして、新聞の上に丸くなった。
僕は笑った。
たぶん、前向きに考えるというのは、無理に明るくなることじゃない。
今日の中に、ひとつくらい面白いものを見つけること。
悲しい日にも、珈琲を飲むこと。
誰かと話すこと。
そして、ときどき白いねこに大事な新聞を踏まれること。
そんな小さな出来事を、
「まあ、悪くないか」
と思えることなのかもしれない。
「ミャオ、今日もよろしく」
そう言うと、ミャオは尻尾を一度だけ振った。
どうやら議論は、僕の負けらしい。


フィッツジェラルドとタイムスリップ

Posted on November 22th, 2007 by Guest

その夜、古い本を開いた。

ページの間から、一枚の小さな紙片が落ちてきた。

そこには、たった一行。

「もう一度、あの夜へ。」

私は笑った。

まさか。

そんなことがあるはずがない。

ところが、次の瞬間、部屋の灯りがふっと消えた。

代わりに聞こえてきたのは、遠くから流れてくるジャズ。

ピアノ。
サックス。
誰かの笑い声。

窓を開けると、そこは見知らぬ夜の街だった。

きらびやかなドレスの女性。
白いスーツの男たち。
自動車のヘッドライト。
そして、どこか浮き足立ったような人々。

私は気づいた。

ここは、フィッツジェラルドの時代だ。

1920年代。

「ずいぶん遠くまで来たものだね」

振り返ると、ひとりの男が立っていた。

細身の身体。
少し疲れたような目。

「フィッツジェラルド……?」

男は微笑んだ。

「名前なんて、どうでもいいさ。君が僕をそう呼びたいなら、それでいい」

彼はそう言って、夜のパーティーを眺めた。

「みんな幸福そうだろう?」

私は頷いた。

けれど、彼は首を横に振った。

「幸福そうに見えることと、幸福であることは、少し違うんだ」

その言葉が、なぜか胸に残った。

音楽が大きくなった。

グラスが触れ合い、笑い声が弾ける。

まるで世界中が、明日のことなど考えずに踊っている。

「では、あなたは?」

そう尋ねると、彼は少しだけ遠くを見る目をした。

「僕はね、過ぎ去ってしまうものを書くんだ」

そして、ポケットから一枚の紙を取り出した。

「人は、失ったものほど美しく見えるからね」

その瞬間、また風が吹いた。

紙片が宙に舞う。

私は慌てて手を伸ばした。

けれど、掴んだのは――

いつもの自分の部屋にある古い本だった。

時計を見る。

ほんの数分しか経っていない。

本の間には、さっきの紙片が挟まっていた。

そこには、こう書かれていた。

「幸福とは、過去へ戻ることではない。
今日という一日を、少しだけ美しくすることだ。」

私は笑った。

そして、白い猫のミャオを抱き上げた。

「ねえ、ミャオ。今夜はどんな魔法を使おうか」

ミャオは答えなかった。

ただ、しっぽをゆっくり振った。

それはきっと、

「もう始まっているよ」

という合図だった。

© Mahou.Tk 2010