光の観覧車
その観覧車は、夜になると空へ昇った。
誰が造ったのか、いつからそこにあるのか、誰も知らない。
昼間は、ただの古びた観覧車だった。
けれど、夜の十二時になると、ひとつずつ灯りがともる。
最初の灯りは、月。
次の灯りは、金星。
そして三つ目は、遠い銀河。
そうしてすべてのゴンドラが光を帯びると、観覧車はゆっくりと回り始める。
その日、僕はひとりで乗った。
ゴンドラが地上を離れる。
街の屋根が小さくなり、やがて雲を抜けた。
さらに昇る。
星が近づいてくる。
手を伸ばせば届きそうなほど、青白い星が窓の向こうを流れていった。
「こんばんは」
突然、隣の席から声がした。
見ると、銀色のドレスを着た少女が座っている。
「あなたは誰?」
僕が尋ねると、少女は笑った。
「私は、忘れられた星の番人」
そして窓の外を指差した。
そこには、巨大な渦を巻く銀河があった。
無数の星が生まれ、消えていく。
「きれいだね」
僕が言うと、
「きれいなものは、いつか消えるから」
少女は少し寂しそうに答えた。
「じゃあ、どうして光っているの?」
「消えるまでのあいだ、誰かに見つけてもらうためよ」
その言葉を聞いたとき、胸の奥で何かが小さく震えた。
僕たちはしばらく黙って銀河を眺めた。
観覧車は、いつの間にか地球を一周していた。
東京の灯りも、パリの街明かりも、遠いソウルの夜も、ひとつの小さな光になって見えた。
そして少女が言った。
「あなたにも、ひとつ星をあげる」
「僕に?」
「ええ。忘れたくない人がいるでしょう?」
僕は答えなかった。
すると少女は、掌を開いた。
そこには、小さな銀色の星があった。
それは星というより、誰かの微笑みのように瞬いていた。
「これは、記憶の星」
少女は僕の手のひらに、それをそっと置いた。
その瞬間、観覧車が止まった。
目の前に、朝焼けが広がっていた。
気がつくと、僕はひとりだった。
少女も、銀河も、観覧車さえ消えていた。
ただ、手のひらには小さな光が残っている。
それは朝の光の中でも、かすかに瞬いていた。
だから今でも、夜空を見上げる。
星がひとつ流れるたびに、僕は思う。
もしかしたら、あの光の観覧車は、今夜もどこかで回っている。
誰かの願いを乗せて。
誰かの忘れられない恋を乗せて。
そして、まだ名前のない星を、
ひとつずつ銀河へ送り出しながら。
ああ、猫バスが行く
夜の遊園地を抜けると、星屑の積もった停留所があった。
時刻表には、地球行き、月行き、そして行き先のない銀河行き。僕が迷っていると、草むらの向こうから、黄色い目をした大きな猫が現れた。
「乗るかい?」
猫はそう言って、背中の扉を開けた。車内には古いソファがあり、窓の外では星座たちが流れていた。どこかで見たような町並みも、海辺の灯台も、みんな小さくなって遠ざかっていく。
「君はどこへ行くの?」
僕が尋ねると、猫は長い尻尾を揺らした。
「帰りたい場所のある人を、帰したい場所へ連れて行くんだよ」
そのとき、窓の向こうに君が見えた。小さな駅のホームで、片手を上げている。
僕は慌てて降車ボタンを押した。
猫バスは銀河の真ん中で、ふわりと立ち止まった。
「さあ、行っといで」
振り返ると、猫バスは星の海へ走り出していた。大きな耳が二つ、夜空に浮かんでいる。
ああ、猫バスが行く。
僕は君のいる駅へ向かって、少しだけ走った。