HOMEおまじない魔法の町愛せよ乙女光の観覧車魔法仕立て
愛せよ乙女

雪が降り始めたのは、クリスマス・イブの夕方だった。
町の広場には大きなツリーが飾られ、商店街には暖かな灯りが続いている。
けれど、その夜の主役は恋人たちだけではなかった。
広場の片隅には、小さな古書店があった。
毎年この日になると、店主の老婦人は店の前に一枚の札を出す。
そこにはこう書かれていた。
「愛せよ乙女。そして心優しき者たちよ、今夜はどうぞ中へ。」
不思議なことに、その言葉に引かれるように人々が集まってくる。
遠くから来た旅人。
仕事帰りの青年。
一人暮らしの老人。
家族と離れて暮らす学生。
失恋したばかりの女性。
誰もが少しだけ寂しさを抱えていた。
老婦人は言う。
「今夜だけは、何かを失った人も、何かを待っている人も、みんな同じお客さまですよ。」
店の奥には丸いテーブルがあり、温かな紅茶が用意されていた。
人々は自然に話し始める。
好きだった本のこと。
若い日の失敗。
忘れられない風景。
会えなくなった人への思い。
話すうちに、誰かの寂しさは誰かの慰めになり、誰かの思い出は別の誰かの希望になった。
夜が更ける頃、一人の少女が窓の外を見ながら尋ねた。
「聖夜って、恋人たちのための日なんですか?」
老婦人は少し考えてから答えた。
「それもあるでしょうね。でも私は、人が人を少しだけ優しく思う日のことだと思っています。」
店の中は静かになった。
雪が降っている。
街の灯りが雪に映り、世界はいつもより柔らかく見えた。
やがて帰る時間になり、人々はそれぞれの家路についた。
誰も奇跡を見たわけではない。
人生が突然変わったわけでもない。
けれど胸のどこかに、小さな灯りを持ち帰った。
それは誰かを愛する気持ちであり、
誰かを許す気持ちであり、
そして自分自身を少しだけ大切に思う気持ちでもあった。
雪は朝まで降り続いた。
そしてその古書店の扉には、翌朝にはもう札はなかった。
ただ昨夜の言葉だけが、訪れた人々の心に残っていた。
愛せよ乙女。
そして、心優しき者たちの聖夜を。

鉛筆と消しゴム

Posted on November 22th, 2007 by Guest


夜の遊園地には、星を数えるための観覧車があった。

僕はベンチに腰を下ろし、鉛筆で小さな銀河を描いていた。君は隣で、消しゴムを指先に転がしている。

「星をひとつ、消してみて」

君がそう言うので、僕は銀河の真ん中にある星を消した。すると不思議なことに、そこに小さな空白が生まれ、遠くの星々が少しずつ近づいてきた。

「宇宙は、何かを失うと広がるのかしら」

君は消しゴムのかすを掌に集めた。

僕はもう一度、鉛筆を走らせた。今度は星ではなく、君の横顔を描こうと思った。

けれど、鉛筆の先は紙の上で止まったままだった。

銀河の向こうから、誰かが小さなピアノを弾いている。

君は笑って、消しゴムを僕の手に戻した。

「それは、消さないでね」

紙の上には、まだ何も描かれていない。

それなのに僕たちは、ずいぶん遠くまで旅をしてきたような気がした。

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