みみずくとふくろうの違い。学問と叡智のモール、参道作り。町おこし青年団の奮闘。魔法の神は微笑むか?
ミミズク一番街
学問と叡智のモール、魔法の神様が微笑む町
ミミズク一番街は、地図には載っていない商店街だった。
いや、正確にいえば、地図には載っているのだが、訪れるたびに場所が変わってしまうので、誰もその地図を信用しなくなったのである。
僕がそのアーケードをぶらぶらしていると、青い三角帽子をかぶった老婆が、店先から手招きをした。
「お兄さん、アップルパイはいかが?」
お兄さん、と呼ばれるような年齢ではないのだが、悪い気はしなかった。差し出されたパイは、表面に金色の照りがあり、真ん中に小さな星形の穴が開いていた。
「お代は?」
「それは、食べてから決めればいいのさ」
ひと口かじると、甘酸っぱいリンゴの味がした。ところが、ふた口目には、なぜか子供の頃に通った学校の匂いがした。三口目には、もう会えない友人の笑い声が聞こえた。
奇妙だけれど、美味しかった。
「おばあさん、これはいったい?」
「思い出を焼き込んだのさ。あんたにも、まだ捨てられないものがあるだろう?」
老婆はそう言って、青い帽子をちょいと持ち上げた。
その帽子の先に、ミミズクが一羽とまっていた。
僕は思わず、商店街の看板を見上げた。
――ミミズク一番街。学問と叡智のモール。
いつから、こんな名前になったのだろう。
*
この町では、近頃、町おこし青年団が大奮闘していた。
シャッターの閉まった店が増え、通りを歩く人も少なくなった。そこで青年団の面々が考えたのが、ミミズクとフクロウを町のシンボルにした、新しい商店街づくりだった。
「いいか、フクロウは知恵の象徴だ。ミミズクは耳のような羽角がある。そこに違いがあるんだ」
会議の席で、青年団長が得意げに説明した。
「じゃあ、フクロウ通りとミミズク通りに分けますか?」
「いや、待て。学問と叡智は、別々に売るものじゃないだろう」
眼鏡をかけた青年が言った。
「知識を集めるのが学問なら、その知識をどう使うか考えるのが叡智じゃないかな。だったら、二つを結ぶ参道をつくろうよ」
それを聞いて、みんなは黙り込んだ。
町おこしというものは、案外むずかしい。
新しい看板をつくれば人が来るというものでもない。名物料理を開発しても、食べる人がいなければ困る。補助金を申請するにも、書類ばかりが増えていく。
それでも青年たちは、空き店舗を片づけ、古本屋を誘致し、昔ながらの菓子屋に声をかけた。
参道の両側には、哲学書を並べる店、子供たちが科学実験を楽しめる工房、古い物語を語り聞かせる小さな劇場ができた。
そして、通りの中央には、ひときわ大きな鳥居が立てられた。
鳥居の額には、こう記されていた。
「知ることから始め、思いやることで道をひらく」
誰が書いたのかは、最後までわからなかった。
*
ところが、開通式を翌日に控えた晩、困ったことが起きた。
鳥居の向こうに、道がないのである。
昼間は確かにあったはずの参道が、夜になると、黒い霧の中に消えていた。青年団が懐中電灯を持って進んでも、いつの間にか出発点に戻ってしまう。
「これは、設計ミスじゃないか?」
「測量は完璧だったぞ」
「まさか、地盤沈下?」
青年たちが頭を抱えていると、青い三角帽子の老婆が、例のアップルパイを焼きながら現れた。
「おやおや。道をつくったのに、道がないときたか」
「おばあさん、何かご存じなんですか?」
「魔法の神様に聞いてごらん」
「どこにいらっしゃるんです?」
「さあねえ。神様ってものは、呼ばれたところに来るとは限らないからね」
老婆は、焼き上がったパイを青年たちに配った。
「ただし、ひとつだけ教えてあげよう。ミミズクとフクロウの違いを知っているのは学問。違いがあっても、同じ夜空を飛べると知っているのが叡智だよ」
青年団長は、手の中のパイを見つめた。
彼らは、ずっと町を元気にする方法を考えてきた。人を呼び込む仕掛け、売り上げを伸ばす計画、話題になる催し物。けれど、肝心なことを忘れていたのかもしれない。
この町に住んでいる人たちが、互いにどんな思いを抱えているのか。
閉店した古本屋の主人は、まだ誰かに本を薦めたかったのではないか。いつも無愛想な魚屋の親父は、子供たちに魚の名前を教えたかったのではないか。長いあいだ店を守ってきた菓子屋のおばあさんは、自分の味を誰かに受け継いでほしかったのではないか。
青年たちは、翌日の開通式を取りやめた。
代わりに、町の人々を一軒ずつ訪ねることにした。
話を聞き、古い写真を借り、店の思い出を集めた。子供たちは鳥の絵を描き、老人たちは昔の祭りを語った。町に暮らす人々が、それぞれの小さな知恵を持ち寄った。
そして夜が明ける頃、誰もいなかったはずの参道に、ひと筋の光が差し込んだ。
鳥居の向こうに、石畳が続いていた。
道の両側では、ミミズクとフクロウが、まるで昔からそこにいたかのように、静かに羽を休めていた。
*
開通式の日、商店街には久しぶりに人々の笑い声が響いた。
古本屋では子供たちが本を選び、科学工房では小さな爆発音がして、みんなが大騒ぎした。魚屋の親父は魚の目の見方を教え、菓子屋のおばあさんは秘伝の焼き菓子を披露した。
そして、あの青い三角帽子の老婆は、参道の入口に小さな屋台を出していた。
看板には、こう書いてある。
「魔法のアップルパイ。お代は、あなたの大切な思い出ひとつ」
僕はまた、パイをひとつ買った。
「おばあさん、魔法の神様は、結局、微笑んでくれたんですか?」
老婆は、アーケードの天井を見上げた。
そこには、古いガラス屋根を通して、午後の光が降り注いでいた。光の中で、二羽の鳥がくるりと輪を描いて飛んでいた。
「さあねえ。神様が微笑んだのか、それとも人間がようやく笑えるようになったのか」
老婆は、いたずらっぽく目を細めた。
「どちらでも、いいじゃないか」
僕はアップルパイをかじった。
今度の味は、まだ知らない誰かと、これから出会う予感がした。
ミミズク一番街。
学問と叡智のモール。
そこでは今日も、誰かが何かを学び、誰かが誰かを思いやっている。
参道の奥では、魔法の神様が、青い三角帽子をかぶっているのかもしれない。
いや、もしかしたら――。
神様は、僕たちが誰かに差し出したアップルパイの、そのひと口目に宿っているのだろう。
そう思うと、なんだか町全体が、ほんの少しだけ甘い匂いに包まれているようだった。
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