ともしびは希望の象徴のわけです。そのともしびが与えてくれるもの、なんだろう、アラジンと魔法のランプのような話かもね。
いや、航路、灯台の話。歌声喫茶の話かもしれない。
魔法のともしび
ある晩、少女がもみの木の下でお祈りをしていたのでした。
森はしんと静まり返り、空には冬の星々が、まるで誰かが撒いた銀の砂のように輝いていました。少女のまわりでは、妖精たちが淡く青い光をゆらゆらさせています。彼らは小さな羽を震わせながら、少女の祈りに耳を傾けていました。
「どうか、迷子になった人たちが、おうちに帰れますように」
少女には、たったひとつだけ願いがありました。
お母さんは遠い町の病院にいて、お父さんは海の向こうへ出かけたまま、何年も帰ってきません。少女は毎晩、もみの木の下で祈っていました。けれど、祈りというものは、どこまで届くのでしょう。星まで届くのか、それとも木の枝に引っかかって、夜露になってしまうのでしょうか。
そのとき、いちばん年老いた妖精が、少女の手のひらに小さなともしびを置きました。
「これは魔法のともしび。願いをかなえるランプではないよ」
「じゃあ、何をしてくれるの?」
妖精は、いたずらっぽく笑いました。
「暗闇のなかで、進む方向を教えてくれるんだ」
少女がともしびを掲げると、不思議なことが起こりました。
森の奥から、一本の細い道が浮かび上がったのです。道は雪の原を越え、凍った湖を渡り、やがて黒々とした海へ続いていました。その先には、岬の上に立つ古い灯台が見えます。
少女はともしびを胸に抱き、歩き始めました。
雪道では、道に迷った旅人がひとり、倒れかけていました。少女がそばに行くと、ともしびの光がふわりと広がり、旅人の足元を照らしました。旅人は顔を上げ、何度もお礼を言って町へ向かいました。
凍った湖では、小さな狐が氷の裂け目に落ちかけていました。少女が光を向けると、狐は安全な岸辺を見つけ、尻尾をひと振りして森へ消えていきました。
そして海辺に着いたとき、少女は灯台の光が消えていることに気づきました。
灯台守のおじいさんは、長いあいだひとりきりで海を見つめていたため、もう誰も自分の光を待ってはいないと思い込んでいたのです。
「もう、船など来やしないよ」
おじいさんは、少女の手のなかのともしびを見て、寂しそうに言いました。
「でも、海の向こうに、帰りたい人がいるかもしれないわ」
少女がそう答えると、おじいさんはしばらく黙っていました。それから、ゆっくり立ち上がり、灯台の扉を開けました。
少女のともしびを灯心に近づけると、古い灯台に火がともりました。
光は海の上を走り、遠い水平線まで届きました。
その夜、沖を航行していた一隻の船が、灯台の光を見つけました。船乗りたちは歓声を上げました。長い嵐のあと、彼らはようやく帰るべき港を見つけたのでした。
その船には、少女のお父さんも乗っていました。
*
それから何年かが過ぎました。
少女は大人になり、町の小さな喫茶店で働くようになりました。店には古いピアノがあり、夕方になると人々が集まって歌を歌いました。流行の歌もあれば、誰も題名を知らない古い歌もありました。
戦争で家族を失った人、仕事をなくした人、遠い町からひとりでやって来た人。みんな、少しずつ違う寂しさを抱えていました。
ある晩、店の明かりが突然消えました。
人々は帰ろうとしましたが、少女は小さなランプをテーブルに置きました。それは、あの冬の夜、妖精からもらった魔法のともしびでした。
青白い光が、店の天井にゆらゆらと映りました。
「何か歌いませんか?」
少女が言いました。
最初は誰も歌いませんでした。けれど、奥の席にいた老人が、遠い昔の恋の歌を小さな声で口ずさみました。隣の女性がそれに続き、やがて別の誰かが手拍子を始めました。
ひとりの歌声は、ふたりになり、三人になり、いつしか店いっぱいに広がっていきました。
歌ううちに、ある人は亡くした妻を思い出し、ある人は故郷の駅を思い出しました。まだ会ったことのない誰かの歌に、自分の人生を重ねる人もいました。
ともしびは、何ひとつ願いをかなえませんでした。
失った人を連れ戻すことも、過ぎ去った時間を取り戻すこともできません。
けれど、人々はその小さな光のもとで、もう一度、明日を迎えてみようと思ったのです。
歌が終わると、少女は窓の外を見ました。
遠い海の向こうに、灯台の光が回っていました。森のもみの木では、妖精たちが今夜も青い光を揺らしていることでしょう。
少女はそっと、ともしびに語りかけました。
「あなたが与えてくれるものは、魔法じゃなかったのね」
ランプの炎が、小さく揺れました。
「そう。魔法とは、自分ひとりでは消えてしまいそうな光を、誰かと分け合うことなのかもしれないね」
どこからか、あの年老いた妖精の声が聞こえたような気がしました。
その夜、喫茶店を出た人々は、それぞれの家へ帰っていきました。
街角には冬の風が吹いていましたが、誰もが胸の奥に、小さなともしびを持っていました。
そして、その光は、次に誰かが道に迷ったときのために、消えることなく灯っていたのでした。
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