年端もいかぬ女の子が、フィールドアスレチックに嬌声をあげている。ひやひやしながら見守る母親。と宙の網から女の子が下の池に落ちた。あわてて父親が水の中へ。今は2月、さぞかし寒かろう。そんな光景を横で見ながら、僕らはテントを設営している。
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キャンプにて
昔、友達んちの庭にテントを張った。
庭といっても、猫の額ほどの狭い場所だった。けれど僕らにとっては、それが立派なキャンプ場だった。
テントの中で寝袋にくるまり、懐中電灯を照らしながら、意味のない話を朝までした。
笑って、騒いで、腹が減れば飯盒を開けた。
飯盒の底にへばりついたお焦げを、みんなで奪い合った。
あれが、ご馳走だった。
そして、あそこで僕らは魔法を試した。
木の枝を杖にして、星に向かって呪文を唱えたのだ。
もちろん、何も起こらなかった。
……いや。
本当に、何も起こらなかったのだろうか。
*
そんなことを思い出したのは、冬のキャンプ場でテントを張っていたときだった。
二月の午後。
吐く息が白い。
少し離れたところでは、年端もいかぬ女の子がフィールドアスレチックに嬌声をあげている。
「気をつけて!」
母親が声を張る。
女の子は笑いながら、宙に張られた網を渡っていく。
僕らはテントのポールを組みながら、その様子を横目で見ていた。
次の瞬間だった。
「あっ!」
女の子の身体が網の隙間から落ちた。
下には池がある。
ばしゃん、と水音がして、母親の悲鳴が響いた。
父親が走った。
迷う暇などなかったのだろう。
靴のまま池へ飛び込んだ。
二月の水だ。
見ているだけで身体が震えそうだった。
父親は女の子を抱き上げた。
泣き声。
母親の叫び声。
周囲から駆け寄る人々。
その一部始終を見ながら、僕らは立ち尽くしていた。
やがて、女の子は毛布にくるまれた。
父親はびしょ濡れのまま、何度も娘の頭を撫でている。
その姿を見ていたら、不意に昔の庭が蘇った。
狭い庭。
朝まで騒いだ僕ら。
飯盒のお焦げ。
そして、魔法。
僕はポケットの中に入れていた小さな枝を取り出した。
あの頃と同じように、杖のように握ってみた。
「……おい」
隣の友達が笑った。
「まだ魔法なんか信じてるのか?」
僕は答えなかった。
ただ、池のほとりで父親に抱かれている女の子を見た。
そして、冬の空を見上げた。
あの日、僕らは何を願ったのだったろう。
確か、
「いつまでも友達でいられますように」
そんなことを言った気がする。
けれど、あの頃の友達は、もうどこにいるのかわからない。
年賀状も来なくなった。
電話番号も知らない。
きっと、どこかで別の人生を生きている。
僕は枝を空へ向けた。
「友よ、君は何処にいる?」
風が吹いた。
テントの布が、ばたばたと鳴った。
その音が、なぜだか昔の笑い声に聞こえた。
そして僕は思った。
魔法というものは、願いを叶えることではないのかもしれない。
遠い昔の一日を、ふいに今ここへ連れてくること。
もう会えなくなった誰かを、ほんの一瞬だけ隣に座らせること。
それが魔法なのかもしれない。
夕方になった。
僕らは火を起こし、飯盒を火にかけた。
やがて蓋を開ける。
底には、少しばかりのお焦げができていた。
僕はそれを見て笑った。
「ご馳走だな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
そのとき、テントの向こうから子どもの笑い声が聞こえた。
振り向くと、昼間の女の子が母親の手を握って歩いていた。
父親は少し離れて、濡れた靴を持っている。
三人とも笑っていた。
僕はもう一度、空を見上げた。
冬の空は、驚くほど澄んでいた。
どこかに、あの頃の友達も、この空を見ているだろうか。
もしそうなら――
あの日の魔法は、まだ解けていない。
僕はそう思った。
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